SAP MIGOの基本概要
SAP MIGO (Movement In Goods Out) トランザクションは、SAP ERPやSAP S/4HANAなどのERPシステム上で行われる在庫移動や購買関連の受払処理を集約的に行う機能として知られています。購買や生産、在庫管理など複数部門のデータが密接に連携する場面で利用され、正確かつリアルタイムな在庫管理を支援します。
一般的に「MIGO画面」と呼ばれる単一の画面から、多様な品目移動や入出庫処理が一括で行える点が大きな特徴です。たとえば、品目受入(GR: Goods Receipt)や出庫(GI: Goods Issue)、在庫転送(Transfer Posting)などをまとめて操作できます。
MIGOはSAPが提供する「MB01」「MB31」「MB1A」「MB1B」など、かつては複数あった在庫移動用トランザクションを統合した新世代の画面とも言えます。UIが統合されただけでなく、以下のようなメリットがあります。
- 検索性の向上: 単一のトランザクションでさまざまな在庫移動を処理できるため、操作ミスや画面移動が大幅に減少
- 可視化: 参照ドキュメントやステータスが画面上でまとまって確認しやすい
- 柔軟性: 受注・購買伝票、仕入先納品書など、さまざまなドキュメントを参照しながら移動処理を実施
公式ドキュメントのSAP Help Portalでも「MIGOはプロセス全体を最適化する中心的機能である」と明記されており、従来の複数トランザクションに比べて、全社的な業務効率化に寄与することが期待されています。
在庫移動の種類
SAPの在庫移動では「移動タイプ(Movement Type)」と呼ばれる3桁の番号によって、移動内容や会計の仕訳方法を区別しています。たとえば「101(仕入先からの品目受入)」「601(販売出庫)」「311(在庫種別間の転送)」などさまざまです。ただし、企業の要件によっては標準の移動タイプに加え、カスタマイズした独自の移動タイプを運用するケースもあります。
ここでは、代表的な5種類の在庫移動にフォーカスして、その特徴と機能比較をしていきます。
1. 購買発注に基づく品目受入 (Movement Type: 101)
- 概要
購買発注(PO)を参照し、仕入先から納品された品目を受け入れる際に利用されます。最も頻繁に使われる基本的な移動タイプのひとつです。 - ポイント
- 購買発注番号とひも付けてGRを行うことで、購買注文残数や在庫評価額が正確に管理される
- 発注数量と受入数量が一致しない場合は差異として処理される
- 品質管理を行う場合は「検査在庫」に振り分けられる設定も可能
- メリット
- 仕入先別の受入データがトラッキングでき、品質不良・過不足の原因を正確に把握できる
- 会計伝票が自動起票され、在庫勘定や買掛金勘定が自動更新される
2. 生産オーダーに基づく品目受入 (Movement Type: 101/131など)
- 概要
自社で生産した製品を在庫として受け入れる場合に利用される移動タイプです。購買発注に基づく受入とは異なり、生産オーダーを参照することで適切に原価計算や在庫管理が行えます。 - ポイント
- 生産オーダー番号とリンクすることで消費された原材料や、実績としての完成品数量を確定
- 原価差異を含む会計処理が自動的に行われる
- メリット
- 生産部門と会計部門とのデータ連携がスムーズになる
- 仕掛品(WIP)から完成品(Finished Product)への在庫ステータス移行が自動化
3. 生産/販売出庫 (Movement Type: 261/601など)
- 概要
品目を倉庫から取り出して生産で使用したり、顧客に販売出荷したりする場合の移動タイプです。- 261: 生産オーダーへの原材料出庫
- 601: 販売出荷(SDモジュールで作成したデリバリーを参照)
- ポイント
- 「261」は生産プロセス用、「601」は納品出荷用として標準定義されている
- 仕入先への返品出庫なども別の移動タイプで定義されている(例: 122など)
- メリット
- 受発注データや生産オーダーと連携して在庫消費を正確に管理
- 販売出庫時には売上原価などの会計処理が同時に行われる
4. 在庫間転送 (Movement Type: 311/315など)
- 概要
同一プラント内、または異なるプラント間で在庫を移動させる場合に使われる移動タイプです。在庫種別(品質検査在庫・自由使用在庫など)の変更や、保管場所間での移動にも対応できます。 - ポイント
- 311: 同一プラント内での保管場所間転送
- 315: 在庫種別を変更する場合や、凍結在庫→自由使用在庫などの切り替えに利用
- メリット
- 倉庫の在庫バランスを最適化できる
- 入庫・出庫の2ステップを1つのトランザクション内で管理できる(One-Step Transfer)
5. 棚卸調整 (Movement Type: 701~707 など)
- 概要
実地棚卸の結果に基づき、システム上の在庫数量を調整するための移動タイプです。棚卸の差異を会計上適切に処理することで、帳簿と実地在庫を一致させます。 - ポイント
- 701: 棚卸での数量増加
- 702: 棚卸での数量減少
- 707: 未確定数量の在庫修正 など
- メリット
- 差異が発生した場合でも会計上の勘定科目が自動更新されるため、正確な在庫評価が維持できる
- 棚卸差異の原因分析やロス率改善に役立つ
SAP MIGOで取り扱う主な移動タイプ比較
以下の表は、代表的な移動タイプと特徴をまとめたものです。企業ごとにカスタマイズされる場合もあるため、あくまでも標準的な例として参考にしてください。
移動タイプ | 主な用途 | 参照元 | 主な会計インパクト | 備考 |
---|---|---|---|---|
101 | 購買発注に基づく品目受入 | 購買発注(PO) | 在庫勘定増加、買掛金勘定増加 | 検査在庫への振り替えも可能 |
261 | 生産オーダー向け原材料出庫 | 生産オーダー | 在庫勘定減少、WIPまたは原価科目増加 | 生産オーダー原価計算と連動 |
601 | 販売出荷 | SDデリバリー | 在庫勘定減少、売上原価科目増加 | 売上伝票と連動し、売掛金勘定増加 |
311 | 保管場所間の在庫転送 | なし(手動指定) | 同一プラント内の在庫移動 | 在庫レベルは変わらず、保管場所のみ変更 |
701 | 棚卸での数量増加調整 | 棚卸差異 | 在庫勘定増加、棚卸差異科目変動 | 実地棚卸の結果がシステムより多い場合に使用 |
MIGO画面での操作フロー
MIGO画面は、状況によってさまざまな参照ドキュメントを基に在庫移動を行う点が特徴的です。以下に、購買発注を参照して品目を受け入れる際の代表的なフローを示します。
- MIGOトランザクションにアクセス
SAP Easy Access メニューやコマンドフィールドに「MIGO」と入力して起動。 - ドキュメントを参照選択
画面上部のプルダウンで「購買発注(Purchase Order)」など該当するドキュメントの種類を選択。 - ドキュメント番号を入力
購買発注番号や仕入先納品書番号を入力し、明細を読み込み。 - 移動タイプを確認
自動提案される移動タイプを確認し、必要に応じて変更。標準では品目受入の場合「101」が提案される。 - 数量・在庫ステータスの調整
受入数量や転送先保管場所、ロット番号などを必要に応じて入力。 - 伝票シミュレーション(Optional)
「伝票をシミュレート」ボタンで会計伝票や在庫伝票の影響を確認。 - 伝票を登録
問題がなければ「伝票を登録」ボタンを押して確定。
このように、MIGO画面で参照文書を切り替えるだけで、在庫移動の内容が大きく変わるのが特徴です。また、企業独自のプログラムや拡張機能(ユーザエグジット/ BAdI)を用いて画面レイアウトや入力チェックをカスタマイズしている場合もあります。
在庫移動をスムーズに行うための設定と注意点
1. 移動タイプのカスタマイズ
- 標準移動タイプのコピー
SAP標準の移動タイプをコピーし、番号やテキストを変更することで独自の移動タイプを作成できます。たとえば検品プロセスを追加する場合に「Z**」などの命名規則で新設。 - 会計仕訳の関連付け
移動タイプと会計勘定科目をどう連動させるかは、OMWBやOBYCといったコンフィグで設定します。ここの仕訳設定が誤っていると会計処理の整合性に支障をきたします。
2. プラント/保管場所のマスタ整備
- マスタデータとの連携
プラント(工場)や保管場所(Storage Location)、品目マスタでの在庫評価方法、特殊在庫区分などが正しく設定されていないと、MIGOで正しい在庫移動ができません。 - 在庫ステータスの活用
品質検査(Quality Inspection)やブロック在庫(Blocked Stock)などの在庫ステータスを適切に利用することで、実際の業務プロセスに近い管理が可能になります。
3. ユーザ権限(ロール)の設定
- 権限オブジェクトの割り当て
特定のユーザだけが在庫調整や棚卸差異の伝票登録を行えるようにするなど、業務役割ごとに適切な権限を付与する必要があります。 - 承認ワークフローの導入
在庫差異が大きい場合や高価値品目の移動などは承認フローを入れ、不正防止やミスを減らす工夫も有効です。
4. 品質管理(QM)との統合
- 検査ロットの自動生成
仕入先からの受入時に品質検査が必要な場合、MIGOで101移動をした時点で検査ロットを自動で生成する機能を設定できます。 - 不合格時のブロック在庫移動
品質検査で不合格となった場合、自動的にブロック在庫に移動させるプロセスが可能です。
5. 実務担当者への操作トレーニング
- 画面レイアウトに慣れる
MIGO画面では複数のタブが存在し、入力フィールドも多岐にわたります。定期的にハンズオン研修などを行い、担当者が混乱しないようにすることが重要です。 - 警告/エラーメッセージ対応
システムが出す警告メッセージはしっかり読んだうえで原因を突き止めることが大切です。マスタ設定や数量入力のミスが根本原因であるケースも少なくありません。
SAP MIGO導入時や運用中によくあるトラブルと対処法
1. 伝票がステータス「エラー」により登録できない
- 原因例
- 参照ドキュメント(発注や生産オーダー)がロックされている
- 品目マスタまたは会計設定が未整備
- 必須入力項目が空欄
- 対処
- 伝票シミュレーションやエラーログを確認し、設定項目の不備を修正
- 同時アクセスでロックが掛かっている場合は、ユーザを特定しロック解除を依頼
2. 棚卸差異が大きく会計インパクトが大きい
- 原因例
- システム在庫と実地在庫の乖離が長期間放置されていた
- 移動タイプの誤使用や、登録ミスによる数量不整合
- 対処
- 定期的なサイクルカウント(循環棚卸)を実施して差異を早期発見
- 一括修正ではなくロット別、日次別に原因を追跡しながら棚卸伝票を確定
3. 移動タイプの設定不備で会計伝票が誤って起票
- 原因例
- OMWBやOBYCの設定で科目コードが誤ってリンクされている
- 生産オーダー用の移動タイプと購買発注用の移動タイプを混同
- 対処
- 設定のバックアップを取り、正しい勘定科目との紐付けを再検証
- 影響範囲が大きい場合はFI部門やCO部門と協力して訂正伝票を発行
4. 品質管理モジュールとの連携エラー
- 原因例
- QMモジュールの設定が未完了で検査ロットが生成されない
- 不合格品の処理ステータスが不整合を起こし、在庫移動がブロックされる
- 対処
- QMコンサルタントやモジュール担当者に確認し、インスペクションタイプやロット生成条件を再度定義
- 不合格判定の承認プロセスがSAP内で完了しているかを確認
5. カスタマイズ移動タイプにおけるユーザexitやBAdIの不具合
- 原因例
- 開発したBAdI・ユーザexitのロジックが別の標準機能と競合
- SAPのサポートパッケージやEHP適用により拡張機能が動作しなくなる
- 対処
- 開発担当者と連携し、拡張コードをデバッグ
- 拡張前後の標準動作を比較検証し、パラメータの整合性やテーブル更新の順序を再チェック
全体まとめと活用のポイント
- SAP MIGOは多様な在庫移動を一括管理する中核機能
購買、生産、販売などのあらゆる部門の在庫トランザクションを統合し、リアルタイムで正確な管理を実現。 - 代表的な移動タイプを理解して適切に設定
101(受入)、261(生産出庫)、601(販売出庫)、311(保管場所間転送)、701(棚卸調整)などを把握し、業務プロセスに最適化。 - 企業ごとに必要なカスタマイズと権限管理を徹底
移動タイプの複製や拡張を行う際は、会計仕訳と権限設定の整合を重視し、トラブルを未然に防止。 - 運用時はトラブル事例を共有し早期解決
会計伝票のエラーや品質検査連携の不具合は部門横断的な問題となりやすいため、情報を共有して迅速に対処。 - 定期的な棚卸と循環カウントで在庫精度を高める
MIGOだけでなく実地棚卸の運用ルールも見直し、計画的に差異を最小化しながら精度を維持。
公式ドキュメントや専門書、コミュニティからの情報収集を継続しつつ、自社業務に即したベストプラクティスを取り入れることが重要です。SAP MIGOの機能と移動タイプの活用方法をしっかり理解し運用すれば、在庫管理の高度化と業務効率の向上を同時に実現できるでしょう。